心にそよぐ風

おしゃれで魅力的な人になります!

執筆

いくつかの依頼原稿を執筆している。昨日一本仕上げた。集中しやすい環境にいる。

業務をこなしながら、来週からは論文に取り掛れそうだ。ある調査を行い、時間が取れず、5年経過した後でも問題なく論述できることを何年か前に知った。情報がところどころ抜け落ち、必要なものが多く残るようだ。

この場所は長く続いており、初めの頃を思うと、随分と立ち直りしたなと思う。もっと涼しくなったら撮影も再開したい。

間も無く6月

近年では珍しいほど平均気温に近い5月。曇り空が気温を抑えており、少しの間晴れると灼熱が姿を見せて、もうかつてのようにはいかないことを確かめさせられる。ネットを見ていると止まらなくなる、好きでもないものを注入し続ける、美しいなと思えるものを見つけることはむずかしい、そんな意識もすぐ消えてしまう。

仕事は続けている。写真撮影もトレーニングしている。今の環境で写真撮影に取り掛かるようになったのは不思議な気持ちになる。鑑賞者ではないクリエイティブなことは執筆と作画と撮影だからか。今この期に及んで撮影に取り組んでいる自分が不思議だ。

一眼レフのファインダーを覗く行為が苦手で、あの格好が恥ずかしく、大判カメラのピントガラスは違っていて、カメラを手から離して三脚に乗せてレリーズで撮影するそのスタイルが性に合っている。アオリ操作は構図とファーカスの位置を柔軟にコントロールできる。なかでも上下左右方向へのシフト機能は、眼前の光景を自分のものとして掴み上げる感覚を得られ特に好ましい。

大判カメラに大判レンズとデジタルカメラのセンサーを取り付けて撮影している。アオリ操作を覚えるにはもってこいだ。編集ソフトで切り出せば同じだと言われ、そう思っていたが私には違うようだ。撮影時の構図決めの行為から、現像時のレタッチを経て鑑賞するまでがつながっているのかもしれない。構図やフォーカスのコントロールは、撮影の初めにあり撮影後に来るものではないようだ。

 

 

集中できる環境にいる

今の環境を以前に経験していたら、先の嵐を乗り切れただろうか。規定の1時間ほど前に出勤して自席につき準備を始め、そのまま日によっては5時間ほども自身の主題について研究する。電話も、サインも、ハンコも、口頭でのひっきりなしの相談もない。

驚くのは、その環境に身を置き、休みなく研究し続ける自分だ。あまりに違う環境下で、隅々まで呼吸するように集中している。

忘れないように

昨年は2月から論文に取り掛かり、5月下旬に仕上げ、そのあと個別の解説文に取り掛かり、9月中旬に完了した。2月から9月までの間、ほぼ全てのプライベートの時間をこの執筆にあてた。よく外出してカフェで書いた。追い込み時期には朝8時頃から夜7時過ぎまで書いた。椅子に座れないので寝具を重ねてもたれかかる体勢で続けた。

仕事の日はスーツで、長い時は朝9時から夜7時過ぎまで、途中昼休憩を挟み複数の司会進行をした。決断する立場であり、決断しながら会議を進めるのは私には消耗が大きかった。