心にそよぐ風

日々の雑感。おしゃれで魅力的な人になれるよう心がけたい。

引っ越し 声 仕事

3月末に引っ越し三か月が過ぎた。

新しい環境に慣れるまで時間がかかる。

半月前に転居先を下見に行った。

今の場所に馴染めないから引っ越したくて。

お金がかかる、しょうがない、通勤が遠くなり一日をこなす自信が持てない。

職場最寄り駅のスーパーで買い物して、電車に乗ってホームタウンで下車し、そこから20分近く歩く。

疲れるし、なんだか寂しい、今の環境にいることを続けない方が良いように思う。

 

声はまだ安定しない。

手術中危惧された、声の高さを高くされ過ぎたのではという不安のとおりとなった。

アニメ声にしないため低い声を出すよう発生し、そのせいでハスキーな声となる。

いずれコントロールできるようになるだろう。

低い声が出ない、二度と出せない安心感は大きい。

悲しみで泣く自分の声に絶望することはもうない。

電話で性別判定される場面での不安もない。

 

仕事が忙しい。

出勤し、自分の机、自分の椅子に向かいいつも感謝する。

なんてありがたい事だろう、自分の椅子がある、自分の場所がある。

二日勤務すると、もう十日も働き続けた心身の状態になる。

仕事量が増え、体力、精神力が衰えたこと、居住地などの要因が重なっての事なんだろうか。

 

見たいものは見た。

欲しいものは全てある。

まだ時間があり明日を迎えられる。

心の光は輝き、陰ることはない。

移動

喉の調子は横ばい。

なんとか会話できるが、声量が出ずかすれる。

間もなく引っ越しでこの連休は作業の大詰めだった。

ものを減らしてきたけれど、いざ引っ越すとなると多い。

少々逸脱した考えでいかないとこれ以上減らすのは無理だと思う。

女として暮らすことに余裕ができたのか、いろいろと気持ちが動く。

時間というのは不思議だ、

日帰り

術後の定期検査のため京都へ日帰りした。

声帯の下1/3が赤黒くなっていて、内出血しているらしい。

自然治癒にまかせるよりどうしようもない。

20分程度の診察のため、京都駅からさらに高速バスで移動するけれど、行ってよかった。状況を把握できず日々過ごすのは不安が増大する。一体どうなってしまうのだろうかと。

必要な高さは出ていた。あとは半年から一年かけて体が慣れるまで待つ。

 

帰りにホーム脇のお店でトーストと小倉餡とコーヒーのセットを頼んだ。

コーヒーはサイフォンで淹れる大会で2位になった人がスタッフにいるそうで、大層おいしかった。次の検査の帰りにまた寄ろう。

 

日本で京都だけれど、なんだか外国に居るようだった。目的は手術関係だけで、ほとんどの時間を乗り物での移動に費やしたからか。

そこに行かなければ受けられないから行く、それがタイだったり京都だったり。もっと遠くでもいつか行っただろう。部屋にいるのが好きで出不精な自分にはかえって良いのかも。

 

今年は体のケアを充実させる。もうすぐ1/4が終わるけれど。

 

Body & Voice

室内でやや小さい声で話せるようになっきた。

一分以内かな。それ以上続くとだんだん喉が詰まりキーキー声になる。

外で初対面の人と話すとき、緊張が減った。声についての緊張は完全になくなった。

落ち着くまで半年から一年くらいかかるらしいから、一カ月でこの状態なら問題ないかも。

話すのが楽しいと思えるようになっている。

高さもそうだけど、下に落ちない、低い声が出なくなったのが嬉しく、安心できる。

 

もうすぐタイでの手術から丸五年になる。

そんなになるのか。

今もダイレーションを続けている。

体と声、本当に嬉しい。

 

治療開始以降、薬の副作用で4年くらいまともに動けなかった。

今は体の変化も落ち着いた。

よくここまで来れたなぁ。

 

今月末引っ越す。

引っ越し後の事をいろいろと計画している。

エスプレッソを復活したいとか。

フィルムによる写真撮影を再開したいとか。

 

チェコ=スロヴァキア時代の写真家、スデクは外出での撮影が困難になると、アトリエ内で静物や窓景色を撮影した。

意識を整えていけばどんなものにでも題材は見つかる。

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スデク poet of Prague

まだまだ普通に話せない。首を絞められた状態がずっと続いている感じで、かなり慣れてきたけれど。

食事中の会話が最も難しい。喉の筋肉の関係なのか、絞り出すようにして、ようやくかすれた声が漏れる。

今月定期検査で京都へ行く。手術費用は安く済んだけれど交通費が大変。混雑が苦手だから日帰りで行って帰ろう。

 

発声が安定しているときは手術してよかったと思う。以前は低い側に声が抜けないか不安が消えなかった。いつも緊張していた。

 

手術前、声の周波数を測定したところ、十分な高さと安定感があった。

執刀医は ”(手術する)必要ないじゃないか” と言った。

その数カ月前の事前の検査では、他の医師から同様な指摘を受けた。

随分と努力して身につけた声だった。

けれど気を抜くと底に抜ける(低音が出る)のが怖かった。 

 

目一杯低い声を出そうとしても、今はもう機能的に出ない。やるべき事をやり終えた夜、開放的な気持ちでゆっくり眠るような気分で声を出せる。

かつて泣き続けた夜、声が追い打ちをかけた。決して消せない烙印のようだった。

 そんなこんなで私は自分の声を捨てた。

  

顔の整形のことばかり考えていた時期もあった。

今は顔の整形はしないで終えようと考えている。

魅力的な着こなしに専念しよう。